Deep Sky Memories

横浜の空で撮影した星たちの思い出

「5万枚の写真をつなぎ合わせた月の写真」の話

昨夜ネットメディアの GIGAZINE にこんな記事が公開されました。

約5万枚の写真をつなぎあわせて超高解像度の月の写真を作成した猛者現る - GIGAZINE

ちょっと「盛ってる」タイトルですね。天文やってる人ならピンと来る話ですが、スタックとモザイク撮影で合計5万フレーム撮って合成したよ、という話です。天体写真としては標準的な手法で、同様の写真は多くの人が撮っています。しかし「5万枚」というのが一般向けにはフックになるんですねえ。

記事中で撮影者の ajamesmccarthy さん本人からの反応なかったとありますが、今見ると本人による解説が投稿されています。

I took nearly 50,000 images of the night sky to make an 81 Megapixel image of Tuesday's moon. Uncompressed image linked in the comments. [OC] : space

他の投稿の内容と合わせてまとめると、

  • 月面(の明るい部分)はCMOSカメラ(ZWO ASI 224MC)で撮影
    • AutoStakkert! で2000フレーム中50%をスタックした写真を25枚モザイク
  • 地球照と恒星はデジカメ(SONY α7 II)で撮影
  • 鏡筒は Orion XT10 (10インチ(25cm)の反射)、赤道儀は SkyWatcher EQ6-R Pro

とのこと。地球照と星空をどうやって撮ったのか不思議だったのですが、デジカメで別撮りして合成したんですね。

5万枚というのは撮影した全フレームで、実際に使用したのはその半分。GIGAZINE の記事では解説者の brent1123 さんの撮影した同様の写真を10万枚と書いていますが、こちらは全フレーム数で言うと21万枚、使用したフレームはその20%で4万2千枚です。*1

一般向けの解説

なぜ5万枚も撮るのかについての説明は概ね GIGAZINE の記事にある通りですが、曖昧な部分もあるので自分で解説してみます。

まず、1カットで2000枚撮影する理由について。

月面を望遠鏡で大きく拡大して見ると、像がぐにゃぐにゃと歪みながら揺らいでいるのがわかります。これは陽炎と同じ現象で、大気の密度が均一でなく光が場所によって異なる方向に屈折するため像が歪むのです。

これをそのまま写真に撮ると、シャッタースピードが遅いとブレてしまいますし、速いシャッタースピードで撮っても像は歪んで写ります。そこで大気の揺らぎで歪む像をたくさん重ね合わせて(スタッキング)、像を平均化します。大気による像の歪みは概ねランダムなので、大量の写真があれば歪みを平均することで本来の像の形を復元することができます。これが2000枚撮る理由の一つです。

スタックするもう一つの理由は、高速シャッターで撮影するためにセンサーの感度を上げると発生するノイズを消すためです。こういったノイズはランダムに発生するため、スタッキングで平均化することで軽減することができます。

スタックした直後の画像は細部がぼやけたピンぼけ写真のような画像になりますが、これは画像処理(wavelet変換等)で復元することでシャープな画像が得られます。

2000フレーム中50%とあるのは、画質を上げるために像の歪みが少ない画像を選別してスタックしているからです。こういった選別は今時はソフトが自動でやってくれます。

スタッキングにはコンピュータによる高度な画像処理が必要ですが、2000年代に入ってから Registax や AutoStakkert! といったPCで利用できるフリーソフトが公開されて、アマチュアでも気軽に処理できるようになりました。

なお、実際の撮影では2000枚を非圧縮動画の形で撮影します。動画ファイルは1カットにつき数GB、月面全体を撮ると100GBとかになります。いくら高画質になると言っても一般人の感覚では割に合わないレベルですよね…

次に、月面全体を25カットに分割して撮影してつなぎ合わせた(いわゆるモザイク撮影)理由について。

これは単に撮影に使用したCMOSカメラのセンサーが小さくて月全体が一度に撮れないから、という理由ですが、大きなセンサーのカメラを使わないのにも理由があります。

まず、小さなセンサーなら高解像度(画素数が多いという意味ではなくて画素が小さいという意味)のセンサーが安価に入手できるからというのが理由の一つ。安価なCMOSカメラでモザイク撮影することで、高価な超高解像度の大型センサーで撮るのと同等の写真が撮れます。

ajamesmccarthy さんの使ったCMOSカメラ ASI224MC は約130万画素ですが、画素のサイズは3.75μmと、フルサイズセンサーなら6000万画素相当になるものです。ちなみに最近惑星用カメラとして一番売れ筋の ASI290MC なら画素サイズは2.9μmで、フルサイズなら1億画素相当です。

もう一つの理由は、望遠鏡の画質のいい部分だけ使うため。一般的な天体望遠鏡はカメラレンズなどと比べると中心像は先鋭ですが周辺像はあまり良くありません。そこで小さなセンサーで画質の良い中心部分だけを撮ってモザイク撮影すると全体的に高画質な写真に仕上げることができるわけです。

ajamesmccarthy さんの使った望遠鏡は口径 25cm のニュートン反射望遠鏡です。ニュートン式は中心像は無収差ですが、周辺像はコマ収差で像がボケます。

ちなみに…

実は僕も同クラスのCMOSカメラで月面のモザイク撮影をしたことがあります。

月齢14.2 (2018/1/1 21:28-22:35)
月齢14.2 (2018/1/1 21:28-22:35)
笠井 BLANCA-80EDT (D80mm f480mm F6 屈折), 笠井FMC3枚玉2.5倍ショートバロー (合成F15) / Kenko-Tokina スカイメモS / QHY5L-II-M / 露出 0.5ms x 200コマをスタック処理 x 19枚をモザイク合成 / AutoStakkert!2 2.6.8, Lightroom Classic CC, Photoshop CC で画像処理

これは昨年のスーパームーンです。ajamesmccarthy さんの望遠鏡よりはずっと小さい 8cm 屈折での撮影ですが、1カット2000フレームを19枚モザイクなので3万8000枚ですね。フル解像度の写真はクリックした先(flickr)でダウンロードできます。壁紙等の私的利用はご自由にどうぞ。

ちなみに去年の夏に買った μ-180C (18cm 反射)ではまだ月面モザイクは撮っていません。気流が安定する春になったら是非撮ってみたいと思います。

*1:写真の説明に50%とあるので勘違いしたのかもしれませんが、quality が50%以上のフレームが枚数にして全体の20%ということです。