Deep Sky Memories

横浜の空で撮影した星たちの思い出

遠方の銀河の距離について

5月4日の黒眼銀河のエントリで18等星まで写ってるとドヤってた写真、遠方の銀河と思われる小さな像も写っています。アノテーションを付けた拡大画像の範囲だと PGC1651721 という銀河が写っています。

https://rna.sakura.ne.jp/share/M64-20210503-16bit-stretch-wavelet-3-2-cut.jpg

右下の方の黄色い楕円で囲ってあるのがそれです。*1

これだけ暗くて小さな銀河だと何億光年も離れているのでは… と思って調べていたら深みにはまってしまいました。

正直、HIROPONさん(id:hp2)が以前やってたみたいに、○○億光年先の銀河が写った!って言ってみたかっただけなのですが、実はこの「○○億光年先」というのが一筋縄ではいかないヤツでした。

これらのうち、NGC1072はM77やNGC1055より5倍ほども遠い約3億4000万光年の彼方にある天体で、さらにPGC10354(正式名称:MCG +00-08-002)やPGC10146(正式名称:MCG+00-07-079)は約6億光年、PGC1145106(正式名称:2MASX J02430393-0022045)に至っては、地球から実に約10億光年も離れた位置にある天体です。

最大&最遠 - 星のつぶやき

この約10億光年等のソースが書かれていないのですが、ステラナビゲータだと表示されるのかな、Stellarium では PGC 銀河自体表示されないし、でも最悪赤方偏移のデータがあればハッブルルメートルの法則で計算できるよな、などと考えていたのですが…

まず、wikisky.org で PGC1651721 の上にマウスポインターをかざすとこんな感じで情報がポップアップします。

https://rna.sakura.ne.jp/share/wikisky-PGC1651721.jpg

「Distance (parsec)」の欄が unkown ですが、さらなる情報を求めて天体をクリックします。

https://rna.sakura.ne.jp/share/wikisky-PGC1651721-starview.jpg

新しい情報は特にないのですが、「Catalogs and designations」のところにある「HYPERLEDA-I」の欄の「PGC 1651721」をクリックします。

https://rna.sakura.ne.jp/share/VizieR-PGC1651721_01.png

VizieR データベースのページが出てきました。位置情報関係ばかりで困惑しますが、下の方までスクロールして、

https://rna.sakura.ne.jp/share/VizieR-PGC1651721_02.png

LEDA」をクリックします。すると HyperLeda のページが出てきます。

https://rna.sakura.ne.jp/share/HyperLeda-PGC1651721_01.jpg

HyperLeda は PGC(主要銀河カタログ) をまとめた LEDA プロジェクトの後継となる HyperLeda プロジェクトのサイトです。PGC 天体のデータは全部ここからアクセスできる、はずなのですが、実はこのサイト、時々落ちてたり天体の検索に失敗することがあります。

その場合はミラーサイト http://atlas.obs-hp.fr/hyperleda/ で検索しましょう。というか、この記事を書いてる途中に HyperLeda の検索が出なくなったので上のスクショはミラーのものです…*2

距離が測定されている天体だと下の方の「Basic data」に「Distance」のリンクが表示されるのですが、

https://rna.sakura.ne.jp/share/HyperLeda-PGC1651721_02.jpg

残念ながら PGC1651721 には「Distance」のデータがありません。しかたがないので距離に関わるパラメータを探します。

視線速度関係のパラメータ(v, vlg, vgsr, vvir, v3k)があればハッブルルメートルの法則から距離を計算できるはず、と思ったら距離指数(distance modulus)というパラメータ(modz, modbest)がありますね?こちらからも距離が計算できるようですが、どちらを使うのがよいのでしょう?

日本天文学会の天文学辞典で距離指数を調べると「見かけの等級と絶対等級との差」だそうです。天体の明るさは距離の二乗に反比例して暗くなるので、そこから距離が計算できるというものですが、遠方銀河の絶対等級なんてどうやってわかるの?と思ったら、HyperLeda の modz の説明 だと結局視線速度、要は赤方偏移から計算したもののようです。*3

ならどっちでもいいのか、と思ったら modz の説明を見てると距離と言っても色々あるようです。距離指数の距離は光度距離(luminosity-distance)ハッブルルメートルの法則の距離は固有距離(proper distance)、見かけの大きさと実際の大きさの差に基づく角径距離(angular-diameter distance)、宇宙膨張に合わせて膨張する座標系での距離である共動距離(comoving distance)など色々あります。

これらは宇宙論パラメータ(cosmological parameter)*4 を決めると互いに変換可能ということなのですが、天文ファンが気軽に「○○億光年」とか言ってる「距離」ってどの距離なのでしょうか?そういえば「○○億光年」って国立天文台の発表とかでも言うよな、注釈とかあったっけ?と思って調べると、国立天文台のサイトにこんな注意書きがありました。

10億光年を大きく超えるような距離は、天体からやって来る光の波長の伸びの量(赤方偏移)から推定しています。この値と距離との関係は、宇宙が誕生してから現在までの宇宙の膨張の歴史で決まります。膨張の歴史は、採用する法則(宇宙モデル)と、そのモデルを特徴づける数値(宇宙論パラメータ)で表わされます。宇宙論パラメータはさまざまな方法で測定が続けられており、毎年のように新しい値が報告されています。また、距離の定義の方法も、共動距離や光度距離などいくつかあり、それぞれで値が異なります。これらがあいまって、同じ天体でもいろいろな距離の値が言及されるなど、問題を複雑にしています。

国立天文台では、記者発表や一般向けのウェブ記事の中でこのような距離を表現する場合、以下の方針をとっています。

  • 宇宙モデル:広く受け入れられている、宇宙項と冷たいダークマターを考慮した一般相対論的モデル(Λ-CDMモデル)
  • 宇宙論パラメータ:主要な観測装置で求められ論文発表されたもので、なるべく最新の値(*1)
  • 距離の定義:光が天体を発してから私たちに届くまでに旅した距離(光路距離)

ただし、「宇宙図」特設サイトなど特別な箇所ではこの限りではありませんので、ご注意ください。

*1 2015年以降は、Planck観測機チームが2013年に公表した、H0 = 67.3 km/s/Mpc、Ωm = 0.315、ΩΛ = 0.685を用いています。Planck Collaboration et al. (2014) "Planck 2013 results. XVI. Cosmological parameters"

参考サイト: Ned Wright's Javascript Cosmology Calculator

遠い天体の距離について | 国立天文台(NAOJ)

光路距離(light-travel distance または lookback distance)*5 また新しい距離が出てきてしまいました… 光路距離は光行距離とも言うそうです。これまた国立天文台の説明から。

(補足)距離の定義について

10億光年を大きく超える距離の場合、距離をどう定義するかについていくつかの考え方があります。光が天体を出てから私たちに届くまでに途中の空間が膨張するため、身近で使っている距離の考え方をそのまま当てはめることが難しいからです。

このページで使っているのは、「光行距離」(「光路距離」とも)という考え方です。天体から出た光は、宇宙空間を進み、ある時間をかけて私たちのところに届きます。「光行距離」とは、光が天体を出てから私たちに届くまでにかかった時間に光の速さを掛けた長さを、その天体までの距離とみなしたものです。例えば、その天体を出た光が120億年かかって私たちに届いたとき、その天体までの距離を「120億光年」と表します。「光行距離」は、新聞記事など多くの文章で使われています。

他方、文章によっては「宇宙の果てまでの距離は450億光年」のように、138億光年とは大きく異なった値が書かれていることがあります。その場合の「距離」は「光行距離」ではなく、「固有距離」や「共動距離」など別の考え方による値だと考えられます。

質問6-2)宇宙の果てはどうなっているの? | 国立天文台(NAOJ)

なんだかややこしいのですが、西はりま天文台(兵庫県立大学 自然・環境科学研究所 天文科学センター)の『宇宙NOW』という広報誌の記事にこれらの「距離」のうち「固有距離」「光路距離」「共動距離」の関係を大変わかりやすくまとめた図が載っていました。

https://rna.sakura.ne.jp/share/uchu-now-2019-09_p4.jpg
宇宙NOW 2019年9月号(No.354)』p4,
斎藤智樹「おもしろ天文学 遠くの銀河を見るということ」図2

斎藤智樹「おもしろ天文学 遠くの銀河を見るということ」という記事の図で、図中 QSO とあるのはクェーサーのこと。2019年4月になゆた望遠鏡で検出に成功したクェーサーまでの距離が約131億光年と測定されたのですが、この131億光年ってどういうこと?というのを解説したのがこの記事です。

記事には「光度距離」「角径距離」についても説明があるので読んでみてください。角径距離はあまり遠いと(光路距離で100億光年ぐらい)減少に転じます。つまり、より遠いものほど大きく見えるという不思議なことが起こります。このように宇宙での何十億光年という「距離」は人間の直観が通用しない世界なのです。

このあたりの話題では、大阪市立科学館の研究報告誌『大阪市立科学館研究報告』の第20号(2010年)の石坂千春「“宇宙の果て”が137億光年でない理由 −宇宙は400億光年先まで見えている−」も参考になりました。

こちらの記事には計算式も載っていて、Excel で計算した表も載っています。もっとも積分計算が必要なので Excel に数式をそのまま入力して、というわけにはいかないようです…*6 そして気になったのが記事の最後の以下のような苦言です。

「光年」は学術用語というよりは、歴史的な慣用表現である[5]。不動産的距離「徒歩○○ 分」が、単に徒歩1分を80mとして計算した目安であって、本当に歩いて○○分で着くことを保証するものではないのと同じように、「光年」も光速に1年という時間を乗じただけの、距離の目安にすぎない。「光が1年間に進む距離」という、実際には測ることができない量を、距離を表わす単位として使うと、前章までで見てきたように、宇宙論的距離では齟齬や誤解を生じてしまう。
最も深い(遠い)宇宙を撮影したハッブル宇宙望遠鏡のサイト[4]でも、「光年(light year)」という単位は使われていない。「129~131億年前の銀河を撮影した・・・(The faintest and reddest objects in the image are galaxies that correspond to "look-back times" of approximately 12.9 billion years to 13.1 billion years ago.)」とあるだけである。
宇宙年齢137億年に光速を乗じた“137億光年”は、実際には何の意味もない場所である。137億年前に光を発した場所でもなく、現在観測されている最も遠い天体が存在する場所でもない。
「宇宙 は137億年前に始まったのだから、宇宙の観測限界“宇宙の果て”は137億光年である」としてしまうことは、相対論的宇宙論における最も重要な事実である「宇宙は膨張している」ということを無視してしまうことなのである。
大阪市立科学館研究報告 第20号』p61,
石坂千春「“宇宙の果て”が137億光年でない理由 −宇宙は400億光年先まで見えている−

むむむ… 確かにその通りなのですが、観望会などで一般の人に説明する時に「アンドロメダ大銀河は230万光年先にあって、つまり230万年前の光を見ているんだよ」みたいな事を言うので、暗黙のうちに光路距離として説明してるんですよね。

そういえば『恋する小惑星』でもそんなシーンあったような… と思って確認したら、あおは「230万光年」とは言ってませんでした!

https://rna.sakura.ne.jp/share/koias-07_01.jpg
あお: 遠くの星を見ると大昔の宇宙のことがわかったり…
はるか: ほぉ…
あお: うわ、ごめん、私、説明が下手で…
はるか: 大昔の宇宙って?
あお: えっと、星の光が地球に届くまで時間がかかるから、たとえばさっき見た土星は約80分前の姿だし、もっと遠くにあるアンドロメダ大銀河は約230万年前の姿を見ていることになる。
はるか: じゃあ、もっともっと、ずーっと遠くの星を見たら?
あお: そうだね、宇宙の最初の頃の姿が見られるかも。

アニメ『恋する小惑星(ステロイド)』第7話「星空はタイムマシン」

観望会で星に興味を持てない子供(はるか)にあおがなんとか興味を持ってもらおうと話しかけるシーンです。「光年」は使わずに「約230万年前の姿」としか言っていません。なにげに NASA/ESA 方式だったんですね。「約」を端折らないのも律儀というか…

さて、この「230万年前」とか「129~131億年前」というのはルックバックタイム(lookback time)と言います。「“宇宙の果て”が137億光年でない理由」の表1の「T 億年」がそれです。似たような表は日本天文学会の天文学辞典の「9. 赤方偏移と宇宙年齢および距離」にも載っています。こちらは「ルックバックタイム(Gy)」の表記です。単位の Gy は Giga year = 10億年 です。

「光路距離」は英語の lookback distance からもわかるようにルックバックタイムに光速を掛けた距離で、ルックバックタイムの単位が「○○年」なら、そのまま「○○光年」にしてしまえば「光年」単位の距離になります。*7

というわけで、あとはルックバックタイムをどう計算するかですが、実はこのあたりを計算するサイトがいくつかあって、Cosmology Calculator と呼ばれています。*8 宇宙論パラメータと赤方偏移を入力すると、各種距離やルックバックタイムを計算してくれるものです。その先駆けが「Ned Wright's Javascript Cosmology Calculator」で、実は最初の方で引用した国立天文台の「遠い天体の距離について」で参考サイトとしてリンクされているのがこのサイトでした。なんだかずいぶん回り道したような…

というわけで、Ned Wright's Javascript Cosmology Calculator で計算しましょう。宇宙論パラメータは国立天文台の採用する値(H0 = 67.3 km/s/Mpc、Ωm = 0.315、ΩΛ = 0.685)を使います。同サイトでは「OmagaM」の欄に Ωm を、「Omagavac」の欄に ΩΛ を入力します。*9

「z」の欄に赤方偏移パラメータを入力するのですが、HyperLeda に載っているのは km/s 単位の視線速度(cz)なので、これを光速(299792.458 km/s)で割って z を求めます。

視線速度には銀河の回転や運動などを考慮した vlg, vgsr, vvir, v3k といったパラメータもあるのですが、どれを使うのが適切なのかよくわからないので赤方偏移の測定値から直接出した v (= cz)を使うことにします。PGC1651721 では v = 22708 km/s なので、 z = 0.07574573473759637 になります。これを「z」の欄に入力して、[General] のボタンを押すと以下の結果が表示されました。

For Ho = 67.3, OmegaM = 0.315, Omegavac = 0.685, z = 0.076

  • It is now 13.812 Gyr since the Big Bang.
  • The age at redshift z was 12.770 Gyr.
  • The light travel time was 1.042 Gyr.
  • The comoving radial distance, which goes into Hubble's law, is 331.3 Mpc or 1.081 Gly.
  • The comoving volume within redshift z is 0.152 Gpc3.
  • The angular size distance DA is 308.0 Mpc or 1.0045 Gly.
  • This gives a scale of 1.493 kpc/".
  • The luminosity distance DL is 356.4 Mpc or 1.162 Gly.

light travel time がルックバックタイムです。*10 単位の Gyr は10億年。1.042 Gyr なので、10億4200万年。つまり光路距離で10億4200万光年先の銀河というわけです。色々不確定な要素があるので「約10億光年」というのが妥当なところでしょうか。

というわけで、横浜の空にも約10億年かけて届いた星の光が確かに届きました。この明るさでこれだけ遠いなら、もっと遠い銀河も写っているかもしれません。梅雨の間に探してみようと思います。

さすがにこのままだと手間がかかって仕方がないのでまた Greasemonkey スクリプトでも書きますかね…

*1:ちなみにその左にある USNOA2 1050-06811433 も SDSS-II の画像を見る限り銀河なのですが、PGCナンバーは振られていないようです。

*2:ミラーは右上のロゴが違います。

*3:天文学辞典と HyperLeda で距離指数と距離の関係式違いますが、これは距離の単位の違い(前者はパーセク、後者はメガパーセク)によるものです。

*4:宇宙の膨張速度やその変化を決めるパラメータで観測データから推定されています。個々のパラメータの意味は僕もよくわかりません…

*5:参照:Wikipeda 日本語版「光年」Wikipedia 英語版「Distance measures (cosmology)」

*6:たぶん数値積分をやっているのだと思います。

*7:数式で書かれたソースとしては Oliver Piattella『Lecture Notes in Cosmology』p45 を参照。この本のPDF版は有償のはずですが、某国の公共図書館が無償で公開していてそこで閲覧しました。全世界に公開して契約上本当に大丈夫なのか?とか小国の公的サイトに万一アクセスが集中したらマズそう、等の懸念があるのでアドレスは伏せておきます…

*8:Web で利用できるものについては NED (NASA/IPAC Extragalactic Database)公式サイトの COSMOLOGY CALCULATORS に一覧があります。

*9:各パラメータの意味については割愛。というか H0 (バッブル定数)以外僕もよくわかりません…

*10:のはずですが、"The light travel time was" と過去形なのは何故でしょう?