8月23日の夕方、そごう美術館(横浜)で開催中の KAGAYA さんの個展「KAGAYA 星空の世界展」を観に行きました。
この個展、天文マニアの間でも話題になっていたし、せっかく横浜で開催ということで何とか観に行きたいなーと Twitter でつぶやいていたところ、なんと KAGAYA さん直々にお返事が…!
今までにない規模ですのでこの機会に見ていただけるとうれしいです!
— KAGAYA (@KAGAYA_11949) August 22, 2022
ここまで言われると行くしかないですよね。こういうのは思い立ったが吉日。ちょうど翌日出社予定だったので早朝出社して早めに仕事を切り上げて帰り道に横浜駅で降りてそごう横浜店に寄ったというわけです。
夏休み中ではありましたが、平日の定時前ということで激込みということもなく程々に人もいて、KAGAYA ファンの皆さんやご家族連れなど、天文マニア以外の人たちの反応も楽しめました。会場は写真撮影OK(静止画のみ)、SNSで公開OKということで、写真を交えながら感想を。*1
まず何と言っても展示のボリュームがすごいです。星景だけではなく各種ネイチャーフォトや、世界各地の絶景を撮った写真も多数あり、天文マニアが気になるようなガチの天体写真もあり、大スクリーンでの短編映像作品もあり、割と駆け足で周ったつもりでしたが、会場を出た時には1時間半ぐらい経っていました。
写真展に行くのは4年前の「138億光年 大いなる宇宙の旅」以来です。
元々僕は小学生の頃から写真をやっていて大学の写真部では部の行事で毎年街のギャラリーの展覧会にも参加していたのですが、ここ20年ほどの間に写真をプリントで楽しむ習慣はすっかり失われていて、今ではほぼ100%モニター画面で写真を鑑賞する生活を送っています。
色の再現性や拡大表示機能、そして家庭での照明環境のことを考えると、もはや写真を敢えてプリントで見る価値ってあまりないのでは?というのが正直なところ。なので、展覧会でプリントを見る価値って迫力ある大判プリントを堪能するぐらいだと思っていました。が、実際にこの展覧会の展示を見て、決してそんなことはないと思いを新たにしました。
同じ写真でも明らかにネットや写真集で見た印象とは違うのです。どうも照明の工夫が効いているようです。会場の照明は写真を照らすスポットライトだけなのですが、たとえばこの写真。
夜空に三日月が浮かぶ風景写真ですが、
ちょうど月にスポットが当たる形で照らしています。これで体感のダイナミックレンジがぐっと上がり、家で写真集を見るのとは全く違う体験になるのです。
照明の工夫が特に際立っていたのはこの満月の写真。
既に天文マニアの間でも話題になっていますが、これがすごい。高解像度の月面写真なのですが*2 この手の写真の表現にはあるジレンマがあります。月面の地形のディテールと眼視で月を見た時に感じるあの眩しさを両立する表現が困難なのです。
というか、両立はできないものだと思っていました。しかし、KAGAYA さんはそこを「高品質のプリントに高輝度の照明をガツンと当てる」という方法で見事に表現。
その他、上の写真を見るとわかるように展示する写真毎に照明の色温度を変えるなど照明の効果が緻密に計算されているのがわかります。今時の写真展ってここまでやるものなのですかね?確かにここまでやられると写真展で写真を鑑賞するという体験には十二分な付加価値があると断言せざるを得ません。
展示された写真の多さ、クォリティの高さもさることながら、随所に配置された大きな解説パネルも目を引きます。
初心者向けに要点を押さえたわかりやすい解説で大人でも子供でもためになること請け合いです。天文マニアにとっても、観望会等で一般の方にどう説明したら良いかという点で参考になると思います。
僕は最初このパネルは主に子供向けの教育的配慮だと思っていました。というのも、順路の最後の方にこんなコーナーがあったからです。
宿題プリントやメモを記入するための机が置かれたコーナーです。つまり子供たちが夏休みの自由研究とかの一環でKAGAYAさんの展覧会を見に来ることを想定してるんですね。そこまで考えてるのか!と驚きました。
…なのですが、KAGAYA さんによると、解説パネルのメインターゲットは大人で、解説パネルを充実させたのは「知識を持って世界を見たほうが「天空の贈り物」をより見つけやすくなると考えているからです。」とのことでした。*3 言われてみれば解説文にふりがなもなかったですし、平易な文章とはいえ子供向けに砕いた表現でもなく、大人でも素直に読める内容でした。
Twitter に書いた感想では子供向けのパネルと言ってしまい申し訳ありませんでした。子供向けという印象を与えてしまって大人の方がスルーしてしまっては KAGAYA さんも悲しいですよね…
そういえば、展示された星景写真の横には漏れなくアノテーション付きの小さな写真を添えてありました。
これも素敵な配慮です。一般の方はもちろん、天文マニアでも見慣れない南天の星座や天体を確認できるのは助かります。南半球への遠征経験がない僕もとても助かりました。
解説関係では巨大な月面図も目を引きました。
一見満月のようでいて、月面のどの位置でもクレーターの形がわかりやすいように独特の影の付け方をしています。しかしこの図、どこかで見たような… ひょっとしてこれ?
ビクセンの STARBOOK TEN の月面図です。実はこれも KAGAYA さんの作品なんですよね。
解像度も違うし若干タッチの違う部分もあるので同じものではないのかもしれませんが、マニア的には、おおっ!?と声が漏れてしまう展示でした。
話を作品の方に戻して、天文マニア注目のガチの天体写真について。星景ではないストレートな天体写真(直焦点撮影したものとか)は、全体のボリュームからすると少なめでした。対象は有名どころを押さえた形ですが、
一方で、マニアックな写真もちらほら。
分子雲!一般には馴染みのない対象ですが、目には見えない極々淡くしか光らない星雲で、一般にデジタルカメラで撮ってデジタル画像処理で「炙る」ことでやっと可視化できる対象です。天文マニアの間ではここ十数年ほどの間に被写体として注目されるようになりました。しかし分子雲をここまでカラフルに表現した写真は初めて見ました。
アマチュアの天体写真の表現はサイエンスとアートの間のグラデーションの中に位置づけられますが、上の「アンドロメダ銀河」はサイエンス寄りというか定番の表現ですが、それに比べて分子雲の表現はアート寄りの感があります。もっとアート側に振った表現もありました。
この「オリオン大星雲」のミニチュア写真的な擬似的な遠近感の表現、どうやっているんでしょうね?
その他、2020年のネオワイズ彗星の見事な写真などもありましたが、惜しいなと思ったのは惑星写真がなかったこと。見落としていたら申し訳ないのですが、写真集の方にもなかったので、なかったのだと思います。土星の写真がないか探している子供も見かけたので、需要は大いにあると思うのですが…
おそらくアマチュア天文家が通常所有できる機材では KAGAYA さんが望むようなクオリティの惑星写真を撮るのは難しいという事情もあるのだと思います。特に日本は気候の関係で*4 高画質の惑星写真撮影には不利な土地柄です。惑星写真の大家 Damian Peach 氏の作品ぐらいになるとまた違うのでしょうけど、氏も市販の最大クラスの望遠鏡*5 には飽き足らず、最近はチリのリモート天文台の 1m 鏡で撮ってますからね…
ここからは映像作品について。会場の一角には幅5mぐらいはある巨大なスクリーンが設置され、「一瞬の宇宙 + 天空賛歌」という10分間の短編映像が常時上映されていました。国内外の各地で KAGAYA さんが撮った星景のタイムラプスが中心の作品で、映像と BGM だけで観る者を圧倒する作品です。スクリーンにはかなりの高解像度で投影しているようで、このサイズのスクリーンで間近で見ても破綻しない高画質で、すごい迫力です。
ちょっと自分語りになりますが、実は僕は「絶景」的な写真ってあまり興味がなくて、「星景」もそれほどではありません。きっとその場で見れば感動するし写真も撮りたくなると思うのですが、なんというか、家に帰ってから思い出したり写真を見たりしても夢を見たみたいな気分になりそうで、なんなら鬱になりそうなんですよね… たぶん、そういった風景と自分が今生きているこの場所とが繋がっているように感じられないのだと思います。
その点、星景写真には見慣れた星空が写っているので、写真の風景と普段ベランダから撮っている星空とが繋がっている感覚があって、この風景は遠く離れてはいるけど自分と繋がっているんだなぁ、みたいな気持ちになれて、そういうところは好きです。
なので、「一瞬の宇宙 + 天空賛歌」も視覚刺激としての快感というのはあるのだけれど、作品に込められたエモーショナルな部分は、僕はたぶん普通の人ほどは楽しめないタチだと自覚しています。なのですが、どういうわけかイプシロンロケットの打ち上げシーンのところ*6 で、不覚にも涙が…
これには自分でもびっくりしてしまいました。宇宙開発にも特別な思い入れってない方なんですが、なんか、「来る」ものがあったんですよね。後になって思い出してみてもこみ上げてくるものが… なんなんでしょうこれは?
未だに自分でもイマイチ言語化しきれずにいるのですが、僕が感じたのはおそらく「儚さ」。
いや、イプシロンロケット、迫力あるだろ! Will to Power だろ!って言われたら全くその通りなんですが、ここまでずっと宇宙の大きさ、果てしなさを見せられたところであのシーンを見ると、人類のちっぽけさ、それでも飛び立たずにはいられない哀しさ、明日にも死んでしまう運命のかげろうが必死で飛び立つような… といった思いが、そうとわからないような形で、この胸に去来したのだと思います。
うーん、やっぱり言葉にするとしっくりこない… なんというか、アートってこういう力があるんだな、と漠然と思ってます。自分は天体写真にアートを一切求めないタチなので、ちょっと不意討ちを食らったというか、とても貴重な体験でした。
映像展示としてはもう一点、40インチほどの大型モニターで5分間のメイキング映像も上映していました。KAGAYA さんのロケハンや撮影の様子をまとめたものです。マニア的には気になる機材一式も映っていました。
遠征用の赤道儀はやっぱり SWAT ですね。上の写真の右側に見えているのはおそらく SWAT-350V-spec、下の写真の左側に見えているのは今は生産終了となった SWAT-200 でしょうか?
三脚やカメラについても詳しい方はチェックしてみてはいかがでしょう。
最後に、会場の出口には物販コーナーが待ち構えています。まあ、買うよね。買っちゃいますよね、これは!
買ったのは『一瞬の宇宙』と『Starry Nights ── The Best of the Best』、そして今回の展示にもあったウユニ塩湖で撮った有名な作品「銀河のほとりで」のジグソーパズルです。
『一瞬の宇宙』は2018年発売のフォト&エッセイ集。まだパラパラとしか見ていませんが、撮影記録的な文章も多くて天文マニア的な視点でも面白そうです。
『Starry Nights──The Best of the Best』は写真集で、今回展示された作品の多くが収録されています。素晴らしい写真の数々はもちろんのこと、巻末には簡潔ながら各写真の撮影データが掲載されており、マニアならこれだけでも見る価値ありかも!?
というわけで、ずいぶんと楽しませていただきました。KAGAYA さん、素晴らしい写真と展示をありがとう!「KAGAYA 星空の世界展」は8月31日まで。残りは平日だけですが夜20時までやってるのでみなさんも是非!
*1:このエントリは当日夜に Twitter に書いた感想を加筆修正したものです。
*2:後述する写真集『Starry Nights ── The Best of the Best』によると VC200L と ASI533MC Pro でモザイク撮影したものだそうです。
*3:参照: https://twitter.com/rna/status/1562086747210940416
*4:気流の影響で好シーイングに恵まれない。
*5:セレストロン C14
*6:このシーンの元になった動画は琉球新報のウェブマガジンの記事「【動画】まるで星空を舞う不死鳥 沖縄本島から見たイプシロンロケットの打ち上げ」に公開されています。でもやっぱり映像作品の流れの中で観て欲しいシーンです。