先日 Twitter を見ていたら、こんなツイートが流れてきました。
「ぼざろ」の一番の人気曲なんだけど、「何億光年離れたところからあんなに輝く」ということはなくって、肉眼で見れる最も離れた天体で数百万光年なんだよとツッコミを入れたくなったらオヤジ。#ぼっち・ざ・ろっく https://t.co/H5nhSf2XSS
— Hirofumi Saito (@hi_saito) January 8, 2023
「ぼざろ」はアニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』のことです。劇中で主人公たちが演奏したオリジナル曲「星座になれたら」の歌詞に対するツッコミです。公式PVはこちら。
問題の箇所は歌詞の最初の方にあります。歌い出しからそこまでを以下に引用します。
もうすぐ時計は6時
もうそこに一番星影を踏んで夜に紛れたくなる
帰り道どんなに探してみても
一つしかない星何億光年
離れたところから
あんなに輝く結束バンド「星座になれたら」
夕方まだ薄明の時間帯に見えた一番星が「何億光年」先の星だというのです。この一番星は「どんなに探してみても 一つしかない星」とのことなので1等星程度とは考えにくく、明らかにマイナス等級の星で、常識的に考えると金星、木星、接近時の火星ぐらいしか候補がなさそうで、「何億光年」はないだろ、と僕も思っていたのですが、こんなリプライが…
億光年先からのガンマ線バーストの直撃でも厳しそう?
— terazzo (@terazzo) January 8, 2023
ガンマ線バースト(GRB: Gamma-Ray Burst)は「宇宙最大のエネルギーが解放される現象」で、その実態はまだ謎に包まれていますが、極超新星(hypernova)や中性子星またはブラックホールの連星の合体の際に発生すると考えられています。*1
GRB は赤方偏移の観測から発生源の天体は地球から数十億光年か、あるいはもっと遠くに離れたところにあるのが普通で、これが数億光年の場所で発生した場合どのくらいの明るさになるのか直感的にはよくわかりませんが、果たしてその可能性はあるのでしょうか?
前提
まず、『ぼっち・ざ・ろっく!』の世界において物理法則や存在する天体については現実世界と基本的に変わらないものと仮定します。作中では実在の地名が頻繁に出てきますし(下北沢、金沢八景、江ノ島など)、主人公の後藤ひとり(通称:ぼっち)が科学番組でブラックホールの解説を見ているシーンもあるのでこれは妥当な仮定であろうと考えます。
『ぼっち・ざ・ろっく!』第9話より
ただし、作中で発生する天文現象については、現実に起こりうる範囲の現象については、個々の現象が架空のものでありうると考えます。例えば作中の星空に流星が描かれたとしても、通常実在の流星を特定した上で描くとは考えにくいからです。新星、超新星、GRB等の出現についても同様に考えます。
歌詞には「何億光年」とありますが、とりあえず1億光年(光路距離)で-3等前後より明るくなる可能性があれば「可能性あり」とします。
GRB 080319B と同等のGRBなら見えたか?
GRB 080319B は2008年3月19日に発見された観測史上最も視等級が明るいGRBです。距離(光路距離)は75億光年もあるにも関わらず、明るさのピークは5.8等に達し、肉眼で見える6等以上の明るさが30秒間続きました。現在までで肉眼で見ることが可能だった唯一のGRBです。*2
この GRB 080319B と同等のGRBが地球から1億光年の距離で発生したとして、どのくらいの明るさになるか考えます。
単純計算すると
ざっくり単純計算で考えると等級は距離10倍で5等増えるので、75億光年で5.8等の明るさなら、7.5億光年で1.8等、7500万光年で-3.2等。1億光年だともう少し暗くなるので金星(-4等程度)ほどではないものの、木星(最大で-3等程度)程度には明るく見えそうです。これなら一番星として見える可能性が…
光度距離(luminosity-distance)で考える
とはいえ、75億光年ともなると、単純計算ではだいぶ誤差が出るのでもう少し真面目に計算します。まず、75億光年というのは光路距離(light-travel distance または lookback distance)で、光が75億年かけて届いた距離、という意味です。「光年」の意味については以前以下の記事で書きました。
日常的な意味での距離で考える場合は光源の見かけの明るさは距離の二乗に反比例します。天体について「明るさは距離の二乗に反比例する」の関係を基準にした距離を光度距離(luminosity-distance)と言います。光度距離は、観測者から比較的近い距離にあるうちは光路距離と同じと考えていいのですが、75億光年ともなると宇宙そのものの膨張による空間の歪みの影響が無視できなくなります。
このあたりを補正するには赤方偏移と光度距離の関係式を利用する必要がありますが、簡易的には日本天文学会の「天文学辞典」にある「赤方偏移と宇宙年齢および距離」という表を参照して計算できます。
Simbad の GRB 080319B のデータによると、GRB 080319B の赤方偏移 z は 0.9382 でした。「赤方偏移と宇宙年齢および距離」の表では z = 0.95 で光路距離(ルックバックタイム)は 75億3900万光年、光度距離は 203億4600万光年 になります。
絶対等級 M と見かけの等級 m の関係は、光度距離 r (単位はパーセク)を使って以下のように表せます。*3
光度距離をざっくり200億光年とすると 1パーセク = 32.6光年 なので、200億光年 = 約613496932パーセク、上の式に代入して絶対等級 M を計算すると約 -33.14 等となります。
これが1億光年の距離にあると何等に見えるか計算します。歌詞の「何億光年」は、一般的な用法としては光路距離を指すものと考えられるので、これも光度距離に変換したいところですが、1億光年程度だと上の表にも載ってないほど近くて、光路距離と光度距離の差はほとんどないのでそのまま計算します。
1億光年 = 約3067485パーセク で、上の式に代入して見かけの等級 m を計算すると、約 -5.71 等となりました。これは最大光度の金星と比べても倍以上明るいです。というか昼でも見えるレベルです。距離を3億光年と置いても -2.98 等で、これなら「何億光年」離れていても文句なしに一番星になれます。
GRB 080319B ほどの絶対等級の GRB は一般的か?
とはいえこれは観測史上最も明るい GRB の話なので、「現実的に起こりうる」と言ってもイレギュラー過ぎるのでは?という気もしてしまいます。そこで、Simbad に赤方偏移と等級が登録されている全ての GRB について1億光年の距離で何等に見えるか計算してみました!
例によって Python で astropy と astroquery を使って計算します。結果のうち1等級以上になる GRB は以下の通りでした。*4
name | z | mag | lookback_distance | luminosity_distance | abs_mag | bocchi_mag |
---|---|---|---|---|---|---|
GRB 990123 | 1.600000 | 8.95 | 9,780,744,826 | 39,619,317,645 | -36.47 | -4.04 |
GRB 051008 | 2.770000 | 14.11 | 11,474,781,449 | 77,238,205,954 | -32.76 | -0.33 |
GRB 060607 | 3.073800 | 15.09 | 11,728,956,633 | 87,518,330,127 | -32.05 | 0.38 |
GRB 061007 | 1.262200 | 12.95 | 8,891,326,642 | 29,598,499,457 | -31.84 | 0.59 |
GRB 050922C | 2.199600 | 14.69 | 10,833,763,768 | 58,443,498,302 | -31.58 | 0.86 |
GRB 060605A | 3.710000 | 16.53 | 12,134,220,786 | 109,533,072,317 | -31.10 | 1.33 |
GRB 060206 | 4.055900 | 17.09 | 12,302,905,346 | 121,737,254,079 | -30.77 | 1.66 |
abs_mag は絶対等級、bocchi_mag は「ぼっち等級(1億光年の距離での見かけの等級)」です。GRB 080319B に匹敵する明るい GRB がみつかりました。GRB 990123 です。絶対等級で-36等、ぼっち等級は-4等です。
この GRB 990123 は発見時にも注目されていたようで、アストロアーツの天文ニュースに解説記事が載っていました。
光度のピークが100秒近く続いてその後急激に暗くなり10分後には14等以下になったとのこと。
実は最初に検討した GRB 080319B はこの中にはありません。Simbad に等級が登録されてないからです。赤方偏移(z_value)と等級(flux(V) または flux(B))が登録されていない GRB については計算できないのでスキップしています。Simbad に登録されている12010件の GRB のうち赤方偏移と等級が両方登録されていたのは72件のみでした。なお、GRB 080319B について見かけの等級を5.8等として同じスクリプトで計算すると、絶対等級が-38.20等、ぼっち等級が-5.76等でした。
ということで、少なくとも2件ぼっち等級が-3等より明るい GRB が存在することがわかりました。一般的とまでは言えないかもしれませんが、それぞれ1999年と2008年なので人生で複数回遭遇しうる程度の頻度で発生するとは言えます。
結論
「何億光年離れた」GRB が一番星として見えるだけの明るさになることは現実に起こりうる範囲の現象であることがわかりました。したがって「星座になれたら」で歌われた一番星は GRB であると考えられ、、、って、常識的に考えるとやっぱり無茶なんですが(ピーク光度は数分しか続かないし)まあ、絶対にあり得ないとは言えない、というレベルではありうる、かも…
『ぼっち・ざ・ろっく!』第4話より
追記 (2023/1/18)
Simbad のサーバーに負荷がかからないよう1月17日時点の GRB のデータをリポジトリに含めてあります。軽く試す場合はそのデータで試してみてください。クエリ結果の著作権の扱いがよくわからないのですが、まずければあとで消します…
あと、GRB に興味が出てきてブルーバックスの『宇宙最大の爆発天体ガンマ線バースト どこから来るのか、なぜ起こるのか』という本を買いました。
まだ途中ですが、読みやすい文章で発見からその正体が見えてくるまでの紆余曲折の歴史が紹介されていて面白いです。初版は2014年ですが、文中に重力波の検出(2015年)についての注釈があり、2015年に少し手を入れてあるようです。
ガンマ線バーストと言えばよくベテルギウスの超新星爆発の時に発生するのではないかとか、直撃したら人類滅亡みたいな物騒な話が取りざたされていますが、そのへんの話については本書の最後の方に書いてあります。ぼっちちゃんが地上で GRB の一番星を見て無事でいられるのか?という点が気になる方は是非読んでみてください。