Deep Sky Memories

横浜の空で撮影した星たちの思い出

火星の地図と南極冠の偏心

10月1日から10月26日にかけて火星のほぼ全面を撮ることができたので、WinJUPOS で火星の地図を作ってみました。

正距円筒図法(equirectangular projection)で描いたものを以下に。

火星地図 (2020/10/1-2020/10/26) (0º中心)
火星地図 (2020/10/1-2020/10/26) (0º中心)


これだと経度(西経)180度の部分が左右に別れてしまうので、地図の中心を180度にしたものも。

火星地図 (2020/10/1-2020/10/26) (180º中心)
火星地図 (2020/10/1-2020/10/26) (180º中心)

北緯60度を越えたあたりが真っ黒ですが、これは今回の接近では地球と火星の位置関係が火星を下(南)から見上げる形になっていて北極圏が死角に入って見えないからです。逆に南の方は南極まで全部入っています。

これだけだとどこが何だかわからないので主な地形の位置にマーカーを置いて地名が確認できるようにしました。

火星地図 (2020/10/1-2020/10/26) (0º中心・マーカー付き)

❶ シレーンの海 ⓫アキダリアの海
オリンポス山 ⓬真珠の海
❸アルシア山 ⓭子午線の湾
❹パボニス山 ⓮サバ人の湾
❺アスクラエウス山 ⓯大シルチス
❻太陽湖 ⓰ヘラス盆地
❼マリネリス峡谷 ⓱インディス平原
❽ルナ湖 ⓲チュレニーの海
❾オーロラ湾 ユートピア平原
クリュセ平原 ⓴キンメリア人の海

地名は『月刊 星ナビ』2018年7月号の付録の地図の表記を元にしています。ここに示した地名の多くは地球から見える模様(アルベド地形)を元に命名された古典的な地名で、実際の地形にはそぐわないものもありますが、天文学者ではない一般の天文家の間で広く使われている地名です。

ところで、この地図の南極冠の白い部分を見ると奇妙なところがあります。火星の南半球は今夏で南極冠はずいぶん小さくなっているのですが、その位置に偏りがあるのです。

南極冠が南極点の周りに均等に広がっているなら地図の下辺は端から端まで白くなっているはずなのですが、この地図では白い部分が経度90度〜330度近辺にのみ存在して300度〜120度あたりには存在しません。つまり南極冠の領域が南極点からズレている(偏心している)ということです。

そこで極射影図法の地図も作ってみました。

火星地図 (2020/10/1-2020/10/26) (極射影・南極)
火星地図 (2020/10/1-2020/10/26) (極射影・南極)

円形の地図の中心が南極点です。こうして見ると明らかに偏心していますね。これまで撮影した火星の写真を WinJUPOS の Measurements で位置合わせしていて、南極冠が南極点から東西にズレていることがあり、というか安易に南極冠の中心を南極点に合わせるとどうしても地形がズレてしまうのに気付いてはいたのですが、これで納得がいきました。

しかしなんでこんなことになっているのでしょう?南極冠の氷が太陽の輻射熱で溶ける(ドライアイスなので正確には昇華する)のなら火星の自転で均等に暖められるはずなのでこうはなりません。なので地熱の分布に偏りでもあるのかな?と思ったのですが、TwitterでHIROPONさん(id:hp2)がこんな記事を教えてくれました

どうやら南極冠の偏心は昔から知られており、夏の間にだけ見られる現象のようです。その理由は長らく謎だったのですが、2008年に探査機による気象観測データの分析で明らかになったということです。

すなわち、ヘラス盆地(上の地図の⓰)の影響で南極上空の風の向きが変わり、西側に低気圧、東側に高気圧ができ、降雪(ドライアイスの雪)が西側に偏っているのが原因とのこと。その結果、南極冠の西側は積雪で、東側は霜でできた形になり、夏になると表面の滑らかな雪の部分より表面の粗い霜の部分が昇華しやすいため西側の雪の部分だけが残るのだそうです。

地熱関係ありませんでした… しかし大気が薄いのに(大気圧は地球の1%以下)気候の違いがここまではっきり出てくるものなんですね。よく考えれば2018年に火星全球を覆い尽くしたのダストストーム(大黄雲)みたいな激しい気象現象もあるので当たり前と言えばそうなんですが。

というわけで、ここまでやるとただ写真を撮っただけではなくて「観測」したなという気分になれますね。しつこく火星を撮り続けた甲斐がありました。

10月6日の最接近以降徐々に離れていく火星ですが、11月2日には視直径20秒を切ってどんどん小さくなっていきます。寒気が入ってくるとシーイングも悪くなるし惑星観測もこのへんでシーズンオフということになります。ずっと惑星ばかり撮っていたのでそろそろDSOも撮ってみたいなぁ…

2020/11/1: 訂正

すみません、編集ミスで地図の⓱と⓲の地名が入れ替わっていました。正しくは⓱がインディス平原、⓲がチュレニーの海です。現在修正済みです。