Deep Sky Memories

横浜の空で撮影した星たちの思い出

ガイド星のドリフト方向の反転について

一方向赤緯ガイド(uni-directional Dec guiding)では赤緯方向のガイドエラーは一方向のズレしか修正しないので、ガイドの修正方向がガイド星がドリフト方向の反対になるようにガイドモードを設定します。

しかしガイド星のドリフト方向はガイド星の天球上の位置によって反転することがあります。

極軸のズレがあれば、空の何か所かで赤緯の修正の方向が変わります(技術的には、空の 2 つの地点で方向が逆になりますが、そのうちの 1 つは通常地平線より下にあります)。逆転するポイントがどこにあるかは極軸の高度、方位が相対的にどのくらいずれているかによって決まります。もしかすると、逆転するポイントは通常の撮影では遭遇しないほど地平線に近いかもしれません。
PHD2 v2.6.5 User Guide 日本語版』p55

一方向赤緯ガイドで撮影中に「逆転するポイント」をまたいでしまうと、設定とは逆方向にガイドが流れていってしまいます。この「逆転するポイント」は具体的にはどこにあるのでしょう?

これを知るには極軸がどの方向にどれだけズレるとガイドエラーがどの方向にどれだけ出るかという関係式を知る必要があります。『天文年鑑』の「天体望遠鏡データ」の章に「極軸の設定誤差による追尾誤差」という節があり、以下の公式が載っています。

\mathit{H'} = \mathit{H} - \mathit{H_P}
\mathit{\Delta}\mathit{H} = \varepsilon_P \tan \delta \: [ \sin (\mathit{H'} + t) - \sin (\mathit{H'}) ]
\mathit{\Delta}\delta = \varepsilon_P \: [ \cos (\mathit{H'} +t) - \cos (\mathit{H'}) ]
天文年鑑2018』p328

\mathit{H_P} は極軸の指す方向の時角*1\varepsilon_P は極軸の指す方向の天の極からの角距離を表します。図にするとこうなります。

https://rna.sakura.ne.jp/share/uni-dir-guide/PA-errors.png

このとき時角 \mathit{H} にあるガイド星を t 時間追尾した際の赤経方向のズレが \mathit{\Delta}\mathit{H}赤緯方向のズレが \mathit{\Delta}\delta です。ここでは赤緯方向のドリフトが問題なので \mathit{\Delta}\delta だけ考えます。

ガイド星のドリフト量と方向はガイド星の時角で決まります。ガイド星の赤緯のドリフト方向が逆転するポイントは、t がごく小さい正の値の時に \mathit{\Delta}\delta の符号が入れ替わる場所です。つまり、\cos (\mathit{H'}) = \cos (\mathit{H} - \mathit{H_p})) のグラフの傾きが 0 になる点、すなわち極値になる場所です。

以下、これが極軸のズレ方によってどこに来るかを見ていきます。

まず、極軸の方位の調整が完璧で、高度が少し高い方にズレている場合を考えます。先の図上に示しましたが、この時の極軸の指す方向の時角 \mathit{H_P} は 0 です。\cos (\mathit{H'}) のグラフはこうなります(横軸は \mathit{H} = ガイド星の時角です)。

https://rna.sakura.ne.jp/share/uni-dir-guide/DEC-drift-PA-error-0h.png

この場合、子午線(時角0)の前後でドリフト方向が逆転してしまいます。対象の南中の前後に撮影する場合、これは困った状態です。

次に、極軸の方位が西に少しズレていて、高度も高い方に同じだけズレている場合を考えます。この時の極軸の指す方向の時角 \mathit{H_P} は 3 時です。グラフはこうなります。

https://rna.sakura.ne.jp/share/uni-dir-guide/DEC-drift-PA-error-3h.png

この場合、子午線超えの3時間後にドリフト方向が逆転します。子午線超えを避けて南中後の対象を狙う場合は要注意です。

最後に、極軸の方位が西に少しズレていて、高度の調整は完璧な場合を考えます。この時の極軸の指す方向の時角 \mathit{H_P} は 6 時です。グラフはこうなります。

https://rna.sakura.ne.jp/share/uni-dir-guide/DEC-drift-PA-error-6h.png

この場合、ドリフト方向の逆転は子午線超えの6時間前と6時間後、南天で撮るなら*2 地平線の下ということになりますから安心して撮影できます。

ということで、一方向赤緯ガイドをやるなら極軸は、高度は十分追い込んで方位は少し誤差を残す感じで調整するとよさそうです。最終的には撮り始めの位置と撮り終わりの位置に実際にガイド鏡を向けてドリフト方向を確認するのが確実でしょう。

個人的には極軸の高度の追い込みは厳しいのですが… というのは、マンションの南向きベランダからドリフト法で極軸を追い込む場合、高度調整はマンションの壁スレスレの東または西の星を使うのですが、星が揺れるんですよね… おそらく昼に温まった建物から陽炎が出てシンチレーションが発生しているのだと思います。

まあ、過去2回うまくいってるので、なんとかなりそうではあります。でも撮り終わりの位置のドリフト方向の確認はやっておいたほうがいいかな…

なお、先日のエントリで「ドリフト方向の反転は南天で撮る分には大丈夫そうだし」などと書いてしまいましたが、これは大嘘で、南天・北天は関係なく極軸のズレの方向によって反転する場所が決まります。お詫びして訂正します。

*1:子午線から西回りに測った角度で、360度が24時。

*2:北半球の場合