Deep Sky Memories

横浜の空で撮影した星たちの思い出

丹羽雅彦さんの個展に行ってきました (2023/8/6)

8月6日の昼に、DA VINCI PROJECT (南青山)で開催中の丹羽雅彦さんの個展「時空を超えた贈りもの —宇宙は不思議で美しい—」を観に行きました。

丹羽雅彦さんはここ数年の間に頭角を現してきた天体写真家で、日本での PixInsight 普及の一番の功労者はこの人と言っても過言ではないくらいアマチュア天文家のコミュニティでは影響力のある人です。そしてなにより星沼会の人たちが活用しているチリリモート観測所の首謀者でもあります。

今回の個展で展示されているのは丹羽さんがそのリモート観測所で撮影した天体写真です。対象は全て Deep Sky で、空が暗く晴天日数が多いチリの地の利と遠征不要で撮影できるリモート撮影の利点を活かしてとんでもない長時間露光で撮ったとんでもなくハイクォリティな天体写真が「アート作品」として展示されています。

「とんでもない長時間露光」ですが、その重要性は全作品の説明書きに総露光時間が書かれていることからもわかります。その露光時間、あまりの長さにビビり散らかしてメモを取るのも忘れていたので、作品とグッズを販売している DA VINCI PROJECT の ONLINE STORE から転記してまとると以下の通り。

  • ほ座超新星残骸: 197時間25分
  • ケンタウルスAのジェット: 86時間5分
  • M83 南の回転花火銀河: 65時間50分
  • 夜に舞う2頭の蝶々(NGC 2170, NGC 2185): 20時間46分50秒
  • 魔女の横顔星雲: 104時間00分
  • 小マゼラン雲: 114時間25分
  • オメガ・ケンタウリ: 20時間46分50秒
  • イータカリーナ星雲: 54時間0分
  • らせん星雲: 70時間25分

僕の場合、総露出時間は長くても2時間程度なので、本当に目が回りそうな長時間露出です。

チリリモート観測所の夜空は SQM21.97*1 とのことなので、うちのベランダ(横浜の内陸部で SQM18.7 くらい)で同じSN比で撮ろうとするとたぶんチリの25倍くらいの露出時間が必要になるはずで*2 うちのベランダからは一つの天体に残りの人生を全て捧げて撮り続けても絶対撮れない写真ですね…

そしてハイクォリティのプリントですが、そもそもデカいです。一番デカい「ほ座超新星残骸」はB0サイズ越えの 1.5 x 1 メートル。一回り小さい作品でも長辺1m越え。この個展の作品は照明の関係からかギャラリーの他の作品からは隔離された5m四方くらいのブースの中に展示されているので、鑑賞距離も近く、ただならぬ迫力がありました。

そして、鑑賞距離が近いだけにプリントの誤魔化しが効きません。画像処理もプリントの調整も相当苦労したそうです。プリントの調整については部分切り出しで繰り返し試し刷りして調整したとのことでした。このあたりの事情は天文リフレクションズのレポートにある通りです。

目玉作品であり、個人的にも極めて印象深かった「ほ座超新星残骸」は8枚モザイク撮影です。チリの夜空なら背景光の処理も苦労しなかったのでは?と尋ねると、大気光等の影響もあるのでそうもいかないとのこと。パネル毎に背景処理してモザイク後にもさらに入念に背景処理をしているそうです。

この作品は超新星残骸のガスの構造だけを抜き出して見せるために敢えて完全に星消し処理したものをモノクロの作品としているのが特徴です。*3 僕も星雲のガスの構造を愛でたくて、Hαナローバンドで撮ったものをモノクロで仕上げて見るのは好きですが…

でも世間的にはモノクロの星雲って「映え」なくてインスタに貼ってもあまりウケないので、僕の場合は一人で眺めてニヤニヤするのが常でした。そこをナロー特有の小さな星々すらも消し去って、表現を「超新星残骸」というテーマに全振りしてそのアートとしての価値を世に問う、という態度がすごいです。その思い切りが真似できないし、実際それが力強い作品として成立していることに驚きました。

ちなみに「超新星残骸」というテーマなら超新星爆発後に残った中性子星だけ残しておくという選択もあったのでは?とも思ったのですが、後で調べてみるとここに残った中性子星ほ座パルサー(Vela Pulsar)」は 23.6 等とのことで、チリの夜空といえどもまともには写らないと思われます。*4

かにパルサーが16等台だったので写るものかと思っていたら、そもそも可視光で見えるパルサー*5は2002年時点で6つしか確認されていなくて、かにパルサーが特別に明るくて、残りは全部23等より暗いんですね… *6 となると、中性子星を作品に組み入れるにはチリリモートどころか宇宙リモートX線観測所を作らなくては…

もう一つ、個人的にアガりまくった作品といえば、やはり「M83 南の回転花火銀河」です。淡いハロまで描出した M83 のディテールの美しさもさることながら*7 背景のあちこちに小さく写り込んだ遠方の銀河の数々を、巨大なプリントに顔を近づけて探し回って見つけては、さらに顔を近づけてじっくり眺める、という楽しさがたまりませんでした。*8 特に M83 の左斜め上の、ひときわ明るい恒星(HD 118646)の少し下にあった、くるりと綺麗に腕を巻いた小さな銀河 IC 4309 がかわいくてお気に入り。*9

このサイズのプリントでの銀河探しは、画面で画像をズームして探すのと比べるとちょっと体験の質が違いますね。なお、この作品に写っている最遠の銀河は、写真の右下隅あたりにある17億光年先の銀河だそうです。丹羽さんに聞いてみると教えてくれます。

ちなみに、写り込んでいる銀河の距離を調べるのが大変だったとのことでしたので、拙作 Galaxy Annotator を推しておきました!

…なのですが、展示作品の元になっていると思われる写真(丹羽さんのブログに掲載されているものでクロップされて展示作品より写野が狭いもの)を先程 Galaxy Annotator で処理したところ、HyperLeda に登録されていない銀河や、登録されていても cz 赤方偏移から計算した視線速度が未登録*10で距離が計算できない銀河がかなり写り込んでいました。いかにすごい写りかということですね…

処理した写真では17億光年の銀河は画像の外にあって調べられなかったのですが、画像の中にある中では M83 のすぐ下にある PGC 722819 が10億8000万光年で最遠のようです。ちなみにお気に入りの IC 4309 は5億6900万光年でした。*11

1時間以上長居していろんなお話聞かせてさせていただきましたが、その間にも入れ替わり立ち替わり、若い天文ファンから一般人と思われるお年寄りの方まで、老若男女様々な人がやってきて、みなさんそれぞれに感銘を受けていた様子でした。こういうところがネットでも天文雑誌のフォトコンでもなくアートギャラリーという場でしか得られない醍醐味なのかもしれません。

天体写真の写真展を観に行くのは NASA 60周年記念の写真展(富士フィルム主催)「138億光年 大いなる宇宙の旅」と KAGAYA さんの個展「KAGAYA 星空の世界展」に続いてこれが三回目です。


今回の丹羽さんの個展は、規模は小さいながらも KAGAYA さんの個展に近い方向性を感じました。プリント品質や照明の工夫による見せ方のこだわりもそうですし、天体や宇宙の存在に裏付けられたアート性というか、リアルの向こう側に描いた幻想世界とでもいうか、「アート」であると同時に間違いなく「天体写真」でもある、そんな写真表現です。宇宙から届いた光を「贈り物」と考えるところも共通しています。

KAGAYA さんの個展のレポート記事でも書きましたが、僕自身はアートにほとんど興味がなくて、天体写真を撮るのは天体そのものへの興味が第一で、自分が見たいものを見たい、見たという実感を得るために自分で撮り、自分で画像処理する、というところがあります。

ネットに写真を公開するのも「表現」というよりは、知り合いや同好の士に「お?ええもん見たな!」「なんや?おもろいことやってんな!」みたいに思ってもらえれば満足、というところがあります。子供が綺麗な石をみつけて「ママー!見て見て!こんなの拾ったよ!」みたいに自慢するのに近い感覚です。

さらに言えば宇宙から届く光を「贈り物」だとも思っていません。人類が誕生する前も、人類が滅んだ後も、星からの光は何も変わらず無慈悲に降り注ぐのみ、というイメージがあります。もちろんそれは単なる物の見方の違いであって、どちらが正しいという話ではありません。まあ、「贈り物」だと思える方が人生が豊かになるんじゃないかという感覚はありますが…

たぶん僕には宇宙と人間との間に何らかのエモーショナルな繋がりがあるという感覚がない、というか、そういう感覚がイマイチ理解できないんだと思います。なんというか、『寄生獣』で主人公のシンイチよりもミギーや田村玲子の方に共感するタイプなので…

でも KAGAYA さんや丹羽さんの個展を見ていて、宇宙と人間の間に繋がりを求めずにいられない人間の性(さが)みたいなものが伝わってきて、どこか心打たれるものがあって、って、それもなんだか人外の発想のような気がしますが、そういうところにアートの力を感じるな、というのはあります。

モニターに表示される「情報」ではなく、不揮発性の「モノ」としてのプリントへのこだわりとか、今回丹羽さんが商品化したアクリルブロックみたいに「宇宙を切り取って部屋にもってきた」みたいな感覚を楽しむところとか、宇宙と人間との繋がりを確かな形で確認したいという願望がそうさせているのかな、というところがあり、それは宇宙の表現であると同時にそういった人間性の表現でもあるのかな、などと思いました。

そんなわけで、丹羽さんの個展は日曜日(8月13日)までやってます。入場無料、予約不要。受付で「丹羽さんの個展を見に来ました」と言えば案内してもらえます。*12

作品は販売もしています。その場で決め切れなければ後から公式オンラインストアでも注文できます。

アート作品ということでプリント数には限りがありますので、お早めに!

比較的お求めやすい価格のアクリルブロックの方も在庫に限りがあるようで既に SOLD OUT も出ています。こちらもお早めに!*13

https://rna.sakura.ne.jp/share/DA_VINCI_PROJECT-Niwa-20230806.jpeg

*1:参照:チリのリモート観測所の利用者募集について | たのしい天体観測

*2:参考: 宙ねこさんの CANP'22 資料(改訂版)

*3:星消し処理には StarXTerminator と StarNet を両方試して見比べて StarXTerminator の方を採用したとのこと。

*4:Wikipeda に載っている写真はチャンドラX線観測衛星がX線で撮影したものです。

*5:ちなみに Wikipedia 日本語版の「中性子星」の項目には「中性子星自身は可視光線を発していない」とありますが、おそらくそれを受けて投稿されたと思われる質問に国立天文台名誉教授の家正則氏が回答で可視光も発している、色としては青白色に近いはず、としています。

*6:参照: Optical pulsar - Wikipedia

*7:ノイズ処理や強調処理は画面用の仕上げとは異なる処理をしているそうで、ノイズリダクションや BXT のパラメータも変えているとのこと。

*8:はっきり言ってお邪魔だったかもしれません。すみません…

*9:残念ながら販売されているA3サイズのプリントとA5サイズのアクリルブロックではオリジナルからクロップされた写真が使われているようで IC 4309 は写っておらず、フルサイズのプリント(33万円!残り1点!)にしか写っていません。

*10:赤方偏移が測定されていないか、十分な精度の測定値がない場合は登録されていないようです。

*11:本当は「光年」と言ってしまうとやや語弊があります。そのあたりの事情は以下の記事を参照。

*12:僕の場合、言う前から「丹羽さんの個展ですね」って案内されましたが、そんなに天文家のオーラが出てましたか!?まあ、たぶん、現代アートとか好きそうなタイプに見えなかった、ってことなんだと思いますが…

*13:ちなみに僕は「M83 南の回転花火銀河」と「夜に舞う2頭の蝶々」のアクリルブロックを買っちゃいました!