8月29日の夜は土星を撮りました。土星そのものというよりは土星の衛星が狙いです。
土星は27日に衝を迎えて見頃の時期ですが、ふと今まで撮ってない衛星(イアペトゥスとヒペリオン)を撮れないかなと思い、写野をどれだけ確保する必要があるか Stellarium で確認していたのですが、どうも今夜は衛星の並びがなかなかナイスだということに気付いて、体調が悪いのを押しての撮影に踏み切りました。
いつも使っている惑星用カメラ ASI290MM/MC では μ-180C 直焦点でも写野が狭すぎるので、DSO撮影用の ASI294MM Pro を 46 Megapixel モードで使いました。一応カラーフィルターでL/R/G/B撮影もしましたが、画像処理に時間がかかるのでLだけ一通り仕上げたものをアップします。
まずは適正露出で撮った土星。向きは天球上の北が上です。
適正露出だと衛星はタイタンがギリギリ見えるくらいです。土星から左やや下のかなり離れたところに写っています。
500コマしか撮っていませんが、これは ROI を設定してもキャプチャ速度が 10fps 以下になるので、キャプチャ時間が長くならないようにコマ数を減らしました。*1 F値がいつもの1/3以下で光量が多いためか、コマ数が少なくてもノイズはさほど目立ちませんでした。
最初の引きの写真は ROI は 4144x2822 pixel の設定で撮影したものをクロップして 3464x1949 pixel で仕上げています。計算では 0.22"/pixel で写野は 12.7'x7.15' (0.21°x0.12°)となります。土星をセンターから外している理由は後ほどわかります。
ところで土星の環の手前の部分が少し削れたように細くなって見えるのですが目の錯覚?画像処理の際に木星面に落ちた環の影が干渉してしまっているとか?
現像で2段くらい露出補正をかけるとこうなります。
土星のすぐ左に衛星が三つ見えてきました。土星に近い2つは上がディオネ、下がテティス、少し離れてレアが見えています。
画像処理を攻めるとエンケラドゥスとミマスも見えるのですが、それをやるとかなり画像が荒れてしまいますので、ここからは実際に露光を増やして撮ったもので見ていきます。
シャッタースピードを 1/60s から 1/2s に変えました。それでもそのままだと RegiStax の wavelet 処理がかかりづらいので Photoshop でレベル補正をかけてから処理しています。
テティスの内側にエンケラドゥスが、そして土星の右側の環のすぐ外側にミマスが見えています。ちなみに土星の左下、タイタンより内側、レアより外側に見える2つの星は恒星です。*2
冒頭で「衛星の並びがなかなかナイス」と書きましたが、その理由の一つはこれです。軌道が土星に近くて土星の輝きに埋もれて見えにくいエンケラドゥスとミマスが共に土星から一番離れて見える位置に来ていたのです。
撮る前には気付かなかったのですが、エンケラドゥスもミマスも μ-180C の3本の副鏡スパイダーに由来する6本の光条の隙間の位置に来ているのもラッキーでした。特にミマスは土星の光条に重なるとコントラストがかなり落ちてほとんど見えなくなってしまうのです。
同じ写真を引きで見てみましょう。
土星の右側の遠く離れたところにイアペトゥスが見えています。イアペトゥスは明るさはエンケラドゥスより少し明るいくらいなのですが*3 土星から遠く離れていることが多いため、普通に土星を撮影していてもなかなか写野には入ってこない衛星です。僕も今回初めて撮りました。
そして最後に土星の左側の遠く離れたところ、タイタンの外側に少し離れたところに微かに見えているのがヒペリオンです。ヒペリオンはミマスよりも暗い14等の衛星です。*4 これも土星から離れていることが多く、しかも暗いので、意識して撮らないと撮れない衛星です。これも今回初めて撮りました。
衛星の並びがナイスと言った理由のもう一つはイアペトゥスが比較的土星から近い位置にあることでした。最大で倍くらい遠くまで離れるので*5 そうなるとさすがに絵的に厳しいものがあります。
そんなわけで、古くから知られていた8つの衛星(確定番号Ⅰ〜Ⅷ)を一枚に収めた写真が撮れました。嬉しかったので記念に動画を作成しました。
各衛星の確定番号、名称、発見年、撮影時の見かけ等級を表にしてみました。
確定番号 | 名称 | 発見年 | 見かけ等級(撮影時) |
---|---|---|---|
Ⅰ | ミマス (Mimas) | 1789 | 12.96 |
Ⅱ | エンケラドゥス(Enceladus) | 1789 | 11.76 |
Ⅲ | テティス (Tethys) | 1684 | 10.26 |
Ⅳ | ディオネ (Dione) | 1684 | 10.46 |
Ⅴ | レア (Rhea) | 1672 | 9.76 |
Ⅵ | タイタン (Titan) | 1655 | 8.32 |
Ⅶ | ヒペリオン (Hyperion) | 1848 | 14.29 |
Ⅷ | イアペトゥス (Iapetus) | 1671 | 11.15 |
発見年が遅いほど見えにくい衛星と言えます。ミマス、エンケラドゥスは土星に近すぎて見つからず、ヒペリオンは暗くて見つからなかったのでしょう。
15世紀半ばにホイヘンスが自作の5.7cm屈折(F59)でタイタンを発見*6 してから18世紀末にハーシェルが126cm反射(F9.5)でエンケラドゥスとミマスを発見*7 するまで130年以上かかっています。
ヒペリオンの発見はそこからさらに約60年後で19世紀半ば。ボンド親子*8 とラッセル*9 が独立して発見したのですが、使用機材について明記された資料は見つかりませんでした。ボンド親子はおそらくハーバード大学が前年に導入したドイツ製の38cm(15インチ)屈折を、ラッセルは当時個人観測所に設置していた自作の61cm(24インチ)反射を使用した眼視観測だと思います。ちなみにボンド親子は天体写真の先駆者でもありましたが、最初にベガを撮影したのが1850年でヒペリオン発見より後です。
ヒペリオン発見以降は19世紀末にフェーベ、1966年にヤヌス、1977年にエピメテウス、1980年の春にヘレネとカリプソとテレストが発見されますが、1980年秋に発見されたアトラス、プロメテウス、パンドラはボイジャー1号が、1990年に発見されたパンはボイジャー2号による発見です。その後の望遠鏡による発見は2000年以降になります。*10
ヤヌスとエピメテウスは写真乾板による写真観測で発見されています。*11 ボイジャーのカメラとヘレネの発見に使われたカメラには撮像管(ビジコン)が使用され*12 カリプソの発見にはCCDカメラが使用されました。*13 以降はデジタル写真観測での発見になるようです。
ヤヌスは14等台で明るさ的にはヒペリオンと同じくらいなのですが、ミマスよりもさらに内側の土星の環のすぐ近くを回っており、撮影は困難だと思います。ヤヌスの発見も、紆余曲折あって発見が確定されたのは1980年になってからです。エピメテウスは15等台で、なんとヤヌスと同じ軌道を共有していますので、やはり環のすぐ近くで、撮影はさらに困難です。
次に明るいのはプロメテウスとパンドラ(16等前後)ですが、これらも環のすぐ近くで無理。その次がフェーベ(16等)、あとは18等より暗くて撮影は無理そうです。
フェーベは16等台で軌道はイアペトゥスより更に外側で土星や環の輝きに邪魔されずに撮れそうではあるのですが… 実はクロップする前の写野内にギリギリ入ってはいたのですが、確認できませんでした。15.85等の恒星までは写っているのですが、16.59等のフェーベは無理だったようです。もっと露光すれば写りそうな気はするのでそのうち試してみるかもしれません。
*1:土星の自転でブレないように。もっとも土星の場合、この解像度では大きな嵐でもない限り水平の縞模様しか見えないのでブレてもわからないのですが。
*2:上が USNOA2 0750-21197415、下が TYC 5807-1674-1 です(Wikisky 調べ)。
*3:Stellarium の表示では、この日のエンケラドゥスは11.76等、イアペトゥスは11.15等でした。
*4:この日のミマスは12.96等、ヒペリオンは14.29等でした(Stellarium 調べ)。
*5:土星とイアペトゥスの離角は撮影時点では5'46"(0.096°)、12日後の9月10日の夜には9'28"(0.158°)です(Stellarium の「惑星計算」による)。
*6:参照: Wikipedia:クリスティアーン・ホイヘンス
*7:参照: Wikipedia:ウィリアム・ハーシェル。望遠鏡は「40フィート望遠鏡」のこと。光学系は主鏡を傾けて軸外に接眼部を置くいわゆるハーシェルニュートン。副鏡遮蔽がないのが特徴。
*8:参照: Wikipedia英語版:William Cranch Bond
*9:参照: Wikipedia英語版:William Lassell
*10:参照: Planetary Names
*11:参照: IAUC 1995: SATURN X (JANUS); DEFINITIVE ORBITS OF COMETS; 1967a, IAUC 1991: 1967a; Poss. NEW Sat OF SATURN
*12:参照: Voyager - Spacecraft - Imaging Science Subsystem (ISS), IAUC 3457: SATURN