Deep Sky Memories

横浜の空で撮影した星たちの思い出

幻の粒状班! Linked Wavelets 事故調査委員会発足!

12月22日、午前中に納品を終えて昼休みに久々に太陽を撮影しました。使用機材は FSQ-85EDP + アストロソーラフィルター + ASI294MM Pro です。いつものように AutoStakkert!3 (AS!3)でスタックして、RegiStax 6 で wavelet 処理して、うんうん、今日も粒状班のつぶつぶが素敵だなぁ、なんで思っていたのですが、その直後、恐怖のどん底に突き落とされることになったのです…

これがその画像なのですが…

Linked Wavelets 事故調査委員会資料(1)
Linked Wavelets 事故調査委員会資料(1)

RegiStax 6 では wavelet 処理した画像です。Linked Wavelets を ON にして処理しています。Linked Wavelets は2019年から使い始めたパラメータです。これを使うとディテールの描写がさらに強化できるとされており、惑星写真の解像感不足に悩んでいた頃に手を出したのですが、かなり癖が強い機能で、通常の wavelet よりもパラメータ調整がかなり面倒になります。

ディテールを出そうと wavelet を強くするとディザパターン状のノイズが浮いてきてしまうので、それを Denoise で抑えつけながら wavelet の値を上げていく必要があり、じゃじゃ馬ならし的な調整になります。

今回もノイズを抑えつつディテールを… とやっていて、ふと、この細かいつぶつぶの粒状班って粒のスケールが Linked Wavelets のノイズパターンのそれと一致してないか?ひょっとしてノイズが強調されたアーティファクトなのでは?という疑念がわいてきたのです。

センサーのノイズなり光のショットノイズなりのザラザラしたランダムノイズが強調されてできたアーティファクトなら、ノイズ以外に何も写ってない画像を同じ wavelet パラメータで処理すれば同様のパターンが浮いてくるはず、と考えてスカイフラットを撮って処理してみました。

具体的には望遠鏡を青空に向けて、ピントはオーバーインフ側にずらして何も写らないようにして撮影し、撮影した動画(SER)を AS!3 のダーク/フラット作成機能 [Image Calibration - Create Master Frame] でスタックしてマスターフラットを作成し、それを先程の画像と同じ wavelet パラメータで処理してみました。すると…

Linked Wavelets 事故調査委員会資料(2)
Linked Wavelets 事故調査委員会資料(2)

このパターンは… ということは、今まで粒状班だと思っていた模様は Linked Wavelets のアーティファクトだった…ってコト!?

ということで「Linked Wavelets 事故調査委員会」が発足する運びとなりました。元ネタはもちろん丹羽さんたちの「PCC事故調査委員会」ですが、LW事故調査委員会のメンバーは今のところ僕一人です…

さて、改めて検証してみます。

12月22日に撮ったスカイフラットは元の太陽の撮影画像と輝度レベルが異なっていたこともあり、翌23日に撮りなおしました。カメラ、ROI、ゲイン、センサー温度、露出時間、などを撮影画像と揃えた上で輝度レベルを揃えるために、絞りが調整できるカメラレンズを使ってスカイフラットを撮影しました。カメラレンズはオーバーインフ側に大きくピントをずらすることができないのでマクロレンズ(Micro-NIKKOR 55mm F2.8)をマクロ側にピントをずらして撮影しました。

これがそのスカイフラット(Create Master Frame でスタック済)です。

Linked Wavelets 事故調査委員会資料(3)
Linked Wavelets 事故調査委員会資料(3)

このスカイフラットと元の撮影画像(スタック済み)を並べた画像を作ります。

Linked Wavelets 事故調査委員会資料(4)
Linked Wavelets 事故調査委員会資料(4)

上半分がスカイフラット、下半分が撮影画像です。これを最初の画像(資料(1))を処理したのと同じ wavelet パラメータで処理します。

Linked Wavelets 事故調査委員会資料(5)
Linked Wavelets 事故調査委員会資料(5)

こうして見ると、下半分の細かい粒状班様の模様のスケールが上半分のディザパターン状のアーティファクトの粒子のスケールと完全に一致しているのがよくわかります。

元の画像には一回り大きなスケールの粒状のパターンが写っており、このパターンはそこに混ざって浮き上がってくるためアーティファクトだとわかりにくい上、粒状班が写るかもという期待があったのでとついつい模様だと勘違いしてしまったのだと思います。

Wavelet 処理はそこそこ経験を積んでいるつもりで、他人の月面写真や惑星写真で口径相応以上の不自然な解像感のあるものを見ればアーティファクトくさいなとわかるぐらいにはなっていたつもりですが、まさか自分がやらかしてしまうとは…

さて、ここで妥当な wavelet パラメータを探ります。RegiStax 6 で上半分にあからさまなパターンが出てこないように注意してパラメータを調整してみました。

Linked Wavelets 事故調査委員会資料(6)
Linked Wavelets 事故調査委員会資料(6)

Denoise でディザパターンのノイズを抑えていくうちにだいぶ淡い感じになってしまいました。うーむ…

とりあえずこれで元画像を仕上げようと思ったのですが、5640ピクセル四方の画像を RegiStax 6 で処理すると、どうしてもタイルの継ぎ目に線状のノイズが残ってしまったので、PixInsight の Multiscale Linear Transform(MLT) を使用しました。*1

MLT はお試し程度にしか使ったことがなく、慣れていないので、改めてスカイフラットとニコイチの画像を使って試行錯誤しました。アルゴリズムは「Starlet transform」、Scaling function は「B3 Spline (5)」でレイヤーを4つ使ってなんとか調整しました。

Linked Wavelets 事故調査委員会資料(7)
Linked Wavelets 事故調査委員会資料(7)

このパラメータで処理したものを仕上げたのがこれです。

太陽 (2023/12/22 13:18)
太陽 (2023/12/22 13:18)
高橋 FSQ-85EDP (D85mm f450mm F5.3 屈折), GSO 2インチ2X EDレンズマルチバロー(合成F9.7), バーダープラネタリウム アストロソーラーフィルターフィルム, ZWO R Filter / Vixen SX2 / ZWO ASI294MM Pro (46Megapixel, Gain 160, 17℃), SharpCap 4.0.9538.0, 露出 1/1000s x 250/1000コマをスタック処理 / AutoStakkert!3 3.0.14, PixInsight 1.8.9-1, Lightroom Classic で画像処理

等倍で見るとかなりゆるい感じで残念ですが…

粒状班の直径は約1000kmで、視直径は1.4"くらい。画像上では2.4ピクセルくらいです。口径85mmの分解能が1.6"くらいなので、通常は粒の一つ一つをクッキリと分解するのは無理なんですが、wavelet 処理である程度は解像できると思っていたのですが… Linked Wavelet のノイズが同じくらいの空間周波数で混じってきてしまうとどうにもなりません。

Linked Wavelet のノイズと言っても、元はセンサーのノイズ成分に由来するもので、単なるグレー一色の画像を処理してもノイズは出てきません。もっと多数のフレームをスタックしたり、拡大光学系の拡大率を上げてオーバーサンプリングにするなどで回避できる可能性はあります。

また、今回は ASI294MM Pro でしたが、センサーによってもノイズの特性が異なる可能性があります。いつも使っている ASI290MM 等についても調査が必要です。

Linked Wavelets 事故調査委員会では今後、過去の処理画像についても検討を続けていきたいと思います。太陽については写りのいいものは全部怪しいですね。月面や惑星は大丈夫だと思うのですが…

調査とは別に今後は wavelet 処理をする際にはスカイフラット等でノイズの浮き方を事前に確認するようにしたいと思います。

*1:RegiStax 6 の画像処理は最大で 2048 ピクセル四方のタイル単位で処理するのですが、Do All してもタイルの継ぎ目のところにタイル端の異常な部分が残ってしまいました。いつもはうまく間を埋めてくれていた気がするのですが…